2026年06月10日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。徳川家康。戦乱の世を終い江戸幕府を開いた。家康は武田旧臣の多くを自らの家臣団に取込んだ。物語では家康も武田信玄の封印紐の情報を得て、忍者を使って、織田の追跡で絶体絶命に陥った松姫を助ける。信松尼(松姫)に支援も続け孫の養育も頼む

2026年06月10日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。織田信忠。信長の嫡男。家督継承後、織田軍の総大将として甲州征伐も指揮。勝頼を自刃に追い込み武田氏を滅亡させた。だがその3か月後本能寺の変で信忠も自刃26歳1582年。1567年織田と武田の同盟で松姫と婚約。1572年武田信玄が徳川を攻め二人の婚約も破棄された。物語では信忠は松姫を捕えようと長笈らと策をめぐらすが…

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。諏訪御料人。諏訪頼重の娘。1542年、武田晴信(信玄)の諏訪攻撃を受けて父親が自害。その後晴信の側室となり勝頼を産む。物語では「琉姫」という名。諏訪の巫女として深い慈愛で常に武田晴信に寄り添う。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。
諏訪攻め;諏訪頼重の「盟約違反」で武田は諏訪攻めを実行。物語では妹(諏訪頼重の妻)思いの晴信が…
上田が原の戦い;常勝の武田軍は地元に強い村上軍の逆襲を受け、武田晴信自身も負傷。重臣の板垣信方や甘利虎泰が討死にするなど大敗。物語では晴信の策略が炸裂する。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。保科正俊。最初は高遠頼継に属したが、武田信玄の信濃侵攻の際に信玄に臣従。槍の名手であったことから「槍弾正」の異名を持つ。物語では弾正は常に諏訪一族の為に行動。松姫は織田に落とされた高遠城で正俊と遭遇。正俊は信玄の青年~壮年期、諏訪攻めと諏訪御寮人の事や信濃上田原の戦での甘利、板垣等宿老たちの討死の真相について語る。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。武田信虎。甲斐の戦国大名。武田信玄の父。長らく内乱が続いていた甲斐国を統一、躑躅ヶ崎館を拠点として他国(駿河・信濃)への侵攻を積極的に行い強い甲斐武田軍の礎を築く。しかし信虎の厳しすぎる統治は、次第に家臣たちの反発を招き、後継者問題で嫡男の晴信と確執もあり、1541年、晴信が当主の座を奪い、信虎を駿河へ追放。物語では晴信は今川の陰謀も挫いて父を追放。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。長坂釣閑斎ながさか ちょうかんさい。武田家臣で譜代家老衆。晴信(信玄)の乳兄弟。信玄没後は、勝頼の側近として活躍。物語では織田の甲州征伐で追われる松姫のピンチを弓矢で救う。長坂は晴信の青年期、内外の陰謀を暴き、父信虎を国外に追放した真相について松姫に語る。その後、勝頼が向かう岩殿城へ行く途中、長笈の魔の手にかかり落命。

2026年06月08日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。武田信虎の嫡子、太郎(晴信→信玄)は子どもの頃から神童と呼ばれるほどであったが父親(弟の方を可愛がる)との関係に悩む複雑な少年時代を過ごした。わざと落馬して身を守っていた。信虎の時代は、戦で太平洋側からの流通が長期間にわたって途絶えがちになり、領民はいつも塩不足に苦しんでいた。物語で太郎は塩止めを食らって妊娠した妻を亡くしてしまう悲劇に見舞われる。
