2026年06月12日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。 武田信玄 x 上杉謙信の 川中島の戦いの第四次合戦(1561年)。第一次から第五次にわたる川中島の戦いの中で唯一大規模な戦いとなり、多くの死傷者を出した。
<上杉謙信の「車懸りの陣」>上杉軍が武田本陣に夜襲をかけ、武田信玄の弟・武田信繁や軍師・山本勘助が討死する激戦。<信玄と謙信の一騎打ち> 謙信が信玄の本陣に単騎で斬り込み、謙信の太刀を信玄が軍配で受け止めた(伝説)。武田軍は犠牲者多数出したが、その後北信濃の勢力基盤を確固たるものにした。
物語では軍師 山本勘助 の正体、 弟・武田信繁 の影武者ぶりが見ものである。

2026年06月12日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。飯富虎昌。信虎→信玄時代まで甲斐武田氏の重臣で譜代家老衆。信玄の信任篤く、その嫡男・義信の傅役や赤備えを率いる大任を務めたが、義信事件に連座し切腹。物語では悪役。虎昌の弟、山県昌景に切られる。

2026年06月12日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。土屋新之丞。武田信玄お抱え猿楽師の大蔵信安の長男。藤十郎の兄。物語では信玄の奥近習。信玄から松姫の今後を託されていた新之丞は織田の追手が迫る中、松姫に信玄の壮年期の活躍と苦悩そして織田攻め決意の真相を松姫に語る。

2026年06月10日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。徳川家康。戦乱の世を終い江戸幕府を開いた。家康は武田旧臣の多くを自らの家臣団に取込んだ。物語では家康も武田信玄の封印紐の情報を得て松姫を助ける。信松尼(松姫)に支援も続け孫の養育も頼む

2026年06月10日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。織田信忠。信長の嫡男。家督継承後、織田軍の総大将として甲州征伐も指揮。勝頼を自刃に追い込み武田氏を滅亡させた。だがその3か月後本能寺の変で信忠も自刃26歳1582年。1567年織田と武田の同盟で松姫と婚約。1572年武田信玄が徳川を攻め二人の婚約も破棄された。物語では信忠は松姫を捕えようと長笈らと策をめぐらすが…

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。
諏訪攻め;諏訪頼重の「盟約違反」で武田は諏訪攻めを実行。物語では妹(諏訪頼重の妻)思いの晴信が…
上田が原の戦い;常勝の武田軍は地元に強い村上軍の逆襲を受け、武田晴信自身も負傷。重臣の板垣信方や甘利虎泰が討死にするなど大敗。物語では晴信の策略が炸裂する。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。保科正俊。最初は高遠頼継に属したが、武田信玄の信濃侵攻の際に信玄に臣従。槍の名手であったことから「槍弾正」の異名を持つ。物語では弾正は常に諏訪一族の為に行動。松姫は織田に落とされた高遠城で正俊と遭遇。正俊は信玄の青年~壮年期、諏訪攻めと諏訪御寮人の事や信濃上田原の戦での甘利、板垣等宿老たちの討死の真相について語る。

2026年06月09日
木下昌輝先生「風林火山のむすめ」双葉社連載時挿絵。武田信虎。甲斐の戦国大名。武田信玄の父。長らく内乱が続いていた甲斐国を統一、躑躅ヶ崎館を拠点として他国(駿河・信濃)への侵攻を積極的に行い強い甲斐武田軍の礎を築く。しかし信虎の厳しすぎる統治は、次第に家臣たちの反発を招き、後継者問題で嫡男の晴信と確執もあり、1541年、晴信が当主の座を奪い、信虎を駿河へ追放。物語では晴信は今川の陰謀も挫いて父を追放。
